深化するリアクタ技術

Innovation 05
深化するリアクタ技術
※所属・役職は公開当時のものです

リアクタに関する1つの技術開発が別の開発を産み
レガシーとして伝承されていく

  • ダイヤゼブラ電機株式会社
    技術本部 電源デバイス第2技術部 部長
    吉岡 直久さん
  • ダイヤモンドエレクトリックホールディングス株式会社
    常務執行役員 CTO
    森 信太郎さん

アルミ線化を標準仕様にしたエアコン室外機用リアクタ(コイル)を開発。
端子接続部の専用“はんだ”の成分・配合はいまも門外不出

今回はリアクタのアルミ線化と“はんだ”ハンダレス化、静音化の技術開発について話を伺います。まず、リアクタのアルミ線化とは具体的にどういうことなのでしょうか。

ここで言うリアクタとは、積層鉄芯にエナメル被覆銅線を巻き付けたもので、使用目的、使用材質に応じて、コイル、インダクタ、ソレノイドコイル、チョークコイル、トロイダルコイルとも呼ばれます。私たちの身の回りにある電化製品や工作機械等、電気で稼働する製品の電気回路に組み込まれている装置のことです。リアクタに流れる電流の急激な変動を防止するような動作をします。これによって、稼動に必要な電気を通したり不必要な電気を低減したりする役割を果たします。リアクタの内部にあるコイルは、以前は銅線を巻いて使用するのが一般的でした。ところが2000年代に入って銅の価格が世界的に高騰した影響で、リアクタの製造コストが膨らんでしまい、いかにコストを削減するかが大きな課題となっていました。
そこで私たちが着目したのが、銅の代わりにアルミを使ってリアクタのコイルを製造することでした。かつてアルミは加工費が高いといわれていたのですが、銅価格の高騰により、アルミを使った方がコストを4分の1程度に抑えられることが分かりました。弊社の前身である田淵電機は、1980年代に電子レンジに使われるトランスのアルミ化に成功して世界シェアの約45%を獲得した経験があったので、その経験をリアクタのアルミ線化に活かせるのではないかと考え、まずはエアコンに搭載されるリアクタに特化した形で、アルミ線リアクタの開発をスタートさせました。2006年ごろのことです。

開発はどのように進められたのですか。

吉岡

アルミ線化リアクタの開発は2つのフェーズに分かれます。線そのものをアルミ化するための開発と、そのアルミ線を加工して接合する技術開発です。線のアルミ化に関しては韓国にある子会社と、その関連会社らとの共同で開発を行ないました。一方、接合技術の開発は、日本で特別チームを編成して技術開発にあたりました。
私自身は当時、このチームに加わっておらず、後にチームメンバーから聞いた話ですが、接合技術の開発にかなり苦労したようです。
接合させるための方法として、最初は圧接または圧着方式を採用しようと考えていたのですが、信頼性の面で一定の水準に達しませんでした。リアクタはエアコンの室外機に組み込まれるので、外気温の変化や風雨といった厳しい環境条件にも耐えられなければいけません。そこで、アルミ線リアクタ専用のはんだを開発し、それを使って接合する方式に切り替えました。独自の成分を使い、独自の配合で専用はんだを新たに生み出すという開発計画は、当時、社内でもごく一部の人しか知らない、全くの秘密裏に行われていたようです。現在でもその成分や配合は門外不出。まるで老舗ラーメン屋の秘伝のスープみたいな感じですね(笑)。
その後、エアコンメーカー様のご協力もいただきながら、実機での信頼性試験なども重ね、数年かかってようやく製品に搭載されるまでになりました。

“はんだ”による接合技術の否定から始まった。
“はんだ”レス化の技術開発

その後、今度はリアクタの、はんだレス化の開発が始まります。苦労して開発した専用はんだによる接合方式を、変えてしまおうということですか?

吉岡

そうです。これもまた、コスト削減が絡んでくる話なのです。そもそもエアコンの構造というのは、リアクタの接合部分といった細かなところを除けば、どのメーカー様も同じような仕様になっています。そうした中で販売台数を伸ばすために、メーカー同士の価格競争が熾烈になり、メーカー様からの価格低減のご要望も多く寄せられています。ではどこでコストダウンができるのか。まず着目したのが、はんだ接合でした。弊社独自の開発によって信頼性が高まった、はんだ接合をなくし、信頼性で劣る圧接・圧着方式に切り替えることでコストダウンが実現できるのではないか。そのために圧接・圧着方式の信頼性を高めることを目標とし、新たな技術開発がスタートしました。2016年のことです。

なぜコストダウンが図れなかったのでしょうか。

吉岡

“はんだ”レス技術を導入するには専門の設備が必要であり、また部品である端子も特殊なものを使わなければならず、コストを押し上げてしまっていました。将来的に、“はんだ”レス技術が市場に普及すれば材料費も下がってくるのですが、普及が進まなければ材料費は高いまま。これは他の技術開発でもよくあることで、開発者が常に抱えるジレンマとなっています。

業界にイノベーションを巻き起こす技術開発。
後進にどう伝承していくかが大きな課題

業界にイノベーションを巻き起こす技術開発。
後進にどう伝承していくかが大きな課題

吉岡

2016年ごろですね。エアコンが稼働する際のさまざまな騒音を低減させることは、全てのメーカー様が追求してきた恒常的な課題です。その中で、エアコンの電源回路に搭載されるリアクタも例外ではありません。回路の影響による高調波といわれる高い周波成分の電流が多く流れたときに、キーンというような音が聞こえる場合があります。従来は、この音抑えるために、コイルを仕上げる際のコーティング剤(電気絶縁ワニス)を強化したり、防振材を取り付け箇所に追加したりするなどの工夫をしていましたが、根本的な解決には至っていませんでした。
私たちはそれまでの「音を外に漏らさない工夫」ではなく「音そのものの発生を抑える」ための新たな技術開発に着目したのです。音の発生源となっている部材の素材を変えたり、形状を変えたりするなどして試験を繰り返した結果、リアクタの中に組み込まれるコアという部材の形状を変えることで、一定の騒音低減効果を得られることが分かりました。ただし、こちらも部材のコストがネックとなって実用化には至っておらず、いまだ開発中の段階です。

大手エアコンメーカー様に対してはすでに静音化技術の売り込みをしていて、大きな興味を持っていただいています。コスト面の改善を図ることができれば、いずれは実用化につながることでしょう。

こうしてお話を伺っていると、苦労して開発した技術を否定するところから次の開発がはじまったり、試験で成果が出てもコスト面が折り合わなかったりと、技術開発は一筋縄ではいきませんね。

今回お話しした技術開発以外に、コストが理由で中止せざるを得なかった開発案件が少なからずあります。でも、1つの技術開発が別の新しい技術開発を産み出し、その技術が継承されていくのが弊社の強みです。リアクタのアルミ線化技術も、そのために開発した専用ハンダも、ハンダレスの圧着技術も、リアクタの静音化技術も、従来の技術を大きく変革するものであり、他の部品メーカーには真似のできないことばかりです。
弊社の技術開発は、まさにレガシーとして過去から未来に伝承されていくべきものです。ただし従来は、技術者同士のコミュニケーションの中で伝承されており、技術者の入れ替わりが激しいと、うまく伝承できないこともありました。ですから今後は、新たに開発された技術をドキュメントとして記録するなどして、レガシーを将来にきちんと残せるような体制づくりを進めていきたいと考えています。

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